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こっちの世界へ無事に帰って来れた安堵から、あっちのルイは大人で、そりゃあ渋くてカッコよかったって、こっちのルイと較べるみたいにさんざん褒めちぎってやったけど。本当にカッコいい大人になってたルイは、でも何か。どこか、凄っごい遠い人みたいにも見えたんだ。
◇
『…此処って、10年後の世界なんだ。』
ということは。
「これって、もしかして“タイム・スリップ”ってやつじゃないのかな。」
大人のルイからすれば、いきなり目の前に俺が現れたっていう現象だったんだろけども。でもそれへは、此処のセキュリティの事を持ち出して、ちゃんと説明が出来たと思う。つい一瞬前まで賊学の部室にいた筈が、見覚えのない場所へ放り込まれてた側の俺が、そうまで落ち着けたのは…あのね? ちょっと考えてみてくれる? ほんの一瞬、瞬きするほどの間に、自分が見ず知らずの場所にいきなり移動するのが、果たして可能かどうか。これが『ミッション・インポッシュブル』とかの映画だったら、一瞬で気を失う無臭のガスかなんかで意識を奪っておいてから、大人数でそぉって抱え上げ、それから目的の“何処か”へ移動させて。辿り着いたそこで、今度はさりげなく“気つけ”の処方をする。痛みも違和感も与えずに、そんな手を手際よくこなせたならば。成程、自分が気を失っていたのだなんて欠片ほども思わないまま、ほんの瞬きの間に移動したんだなんてあっさりと思い込むだろうから。え? 此処って何処?っていう混乱状態に陥れることも可能かも。でもさ、俺はあくまでも ただの普通の(え?)小学生で。そこまでされるような…何かしらの国家機密を握ってるとか、誘拐して利用したいとする特殊能力を持ってるだとかいう存在なんかじゃないからね。だから、人的な工作による“不思議な体験”なんかである筈はなく。もしかして…都議の息子のルイを混乱させたい奴がいたとしたって、俺はこんな年のルイは知らねぇからね。その時点で俺との接点はなくなる話になっちまうから。となると、これはもう、想定出来た内で唯一残ってる可能性の“超自然現象”だってことで、その不条理さを飲むしかないじゃんか。そうと腹をくくったら、何だか…冒険でも楽しんでるような気分になっちってサ。そんな俺とは違って、
「……………。」
む〜んって、まだちょっと飲み込みかねてるみたいなルイのお顔。何かの拍子、やっぱりどこかで納得が行かないぞって思ってか、固まりかかってるのを良いことに。てことことすぐの傍らまで戻っていって、間近からじっくりと堪能させていただいた。そっか、ルイは大人になったらこんな顔や姿になるんだな。考え込んでいるからか、ちょこっと伏し目がちになってる目許の彫の深さが、見慣れてたルイよりもずっと大人びていて男臭い。頬骨が昔よりもちょびっと立ってるから、それで鋭角的な印象を強めてんだな。鼻の稜線もくっきりとなっていて、口許は合わせがしっかと閉じてるところが意志の強さを滲ませていて、随分と凛々しいかも。お膝にそぉ〜って手を伸ばしたら、ああって気づいて相変わらず長い腕を伸ばしてくれた。さっきも抱えてくれてた懐ろは、高校生のルイのよりも…当然っちゃ当然ながら、広くて深くて、安定感があって。さっきは立ってたけど、今度は座っているから、あのね? お膝の上なら、いつもだと…高校生のルイにやってるみたいに、馬乗りに跨がるとこなんだけど。こっちの大きいルイだと、余裕で抱えたまんまでいてくれる。間近になったのは、馴染みのある温かさと、それからこっちにも覚えがある同んなじ匂いで。仕事で着ているワイシャツだろうか、洒落っ気の全然ない木綿のシャツ、それも少しくたびれてるのを羽織ってるだけの上半身にくるまれてる訳なんだけど。そのシャツ越しに伝わってくる腕の堅さや胸板の張りの雄々しさに加えて、ちょうど目の前になってる、顎を縁取るおとがいの下、喉の深みが何とも色っぽい。男の色香って言葉があるけど、今までは意味がよく判らなかった。でも…いつもはきっちりセットされてる直毛の黒髪が、心なしか何条か、まとめ損ねでこぼれてるしどけなさとか目に入るとサ。日頃だったら、野趣ってのかな、荒々しいワイルドさに見えていたのにね。大人のルイだとどうしてか、直してやろうとか思えない。そのままでも絵になってて、むしろカッコいいなって思えてしまう。
「…っと。」
オレんこと放っぽり出して、独りで考え事に没頭してたと、やっと気がついたらしく、
「腹、減ってないか?
俺も飯がまだなんで、デリバで良けりゃ付き合ってくんないか?」
小さな子供をあやすような、そんな訊き方じゃあなかった。だから、思わずドギマギしちゃって…俺の方こそ、子供っぽいお返事を返してた。
「おうっ。ドミニョン・ピザのエビチリ・サンライズっ。
タンドリーチキンつきがいいっ!」
「ドリンクは? コーラか?」
「ガキじゃねぇんだ、ジンジャーエールっ!」
わざわざ“おーっ!”っと腕を振り上げての宣言へ、可笑しそうに眸を細めたルイだったのが、またまた何とも言えず…大人っぽくて。/////// ちちちちち、気安く人の頭ァ撫でてんじゃねぇよっ。だから…っ。嫌なんじゃなくってだな。………もうちょっと、指で髪の毛 梳くみたいにして撫でろっての。///////
◇
そりゃあはしっこい小さなヨウイチくんは、自分のいる座標とでもいうものか、足場を踏み締めるための究極の基礎、現在地というものをとりあえず把握出来た勢いでか、妙に意気が揚がって“躁”の状態にハマっていたらしかったが。それも少しばかり落ち着いて来たらしく。物珍しげにお部屋の中を見て回ったり、届いたピザをパクパクとご機嫌そうに頬張ったり、しばらくほどは屈託なく過ごしていたものの。
「………。」
何にか意識を留めると、そこから不意に口を噤んで…そのまま小さな肩を落として見せる。そういえば、室内には常に微弱な冷房がかかっていたので、こんな肌もあらわな格好ではさすがに寒いのかも知れず。リビングを見回し、向かいのソファーの後ろ、テレビ兼用にしているPC前の椅子の背に引っかけていたシャツを手に取った葉柱で。
「相変わらず、長い腕だよな。」
今の距離が届くんだからと、減らず口を叩いて意気軒高さを見せてから。だが。彼には膝丈のカーディガンになってしまうほど寸法が違うシャツを、小さな肩へとかけてやると。そんなこちらの手へと柔らかい手を添えて来て、それへと続けて…思わぬほどに真摯な瞳が真っ直ぐこちらを見上げて来た。
「…時間を飛び越える話と対になってるのが、次元空間の話なんだけど。」
カナリアみたいな声は変わらないものの、その口調のトーンが…それと分かるほどに下がったような。
「そっちの理屈を持ってくるなら、俺だけが此処に、この未来に来ちまって、はいそれで完了ってコトにはならない筈なんだ。」
「え?」
「どんなに不安定で流動的でも、それはあくまでもバランスの話であって。次元空間はいつだってきちんと充填されて補完されている。流動的なのは秒を追ってという早いペースで引っ切りなしに、失われてくものがあるからで、だけど。そのマイナスは、未来へ前進することで常時補填されていて。それを指して“流動的”って言ってる訳で。」
ちょおっと小難しい話だけれど、ごめん、付き合ってと切なげな眸が見上げるので。今はまだついてけてるよと、無言のまま頷けば、
「箱の中にぴっちりと、百個の小箱が詰まってたとして。1個を抜いて同じ大きさ、同じ状態の別の箱へと詰めようとしたら。」
そうと続けた小さなヨウイチは、こくりと…小さな喉を鳴らしてから。
「元の箱には突然の想定外の空間が出来るし、別の箱の方は方で、隙間がないところへ無理から押し込まれる訳だから、どっちも安定とか調和とかを保てなくなっての破綻をしかねない。」
ああ、うん。そうだよなと、教育番組なんかで見たような、図式を頭の中へと浮かべて、坊やの言いたいこととやらを納得していれば、
「だから…この世界に俺が飛び込んだ時点で、
俺に見合う何かが弾き出されてる恐れもあるってことだ。」
これは単なる仮説だから。宇宙はどんどん膨張してるって説と同様、空間にも融通は利くのかも知んないし。一時的に歪みが出来てるだけな状態で、伸び切ったゴムは勢いよく縮まらなきゃならないように、異物の俺が元へ戻って一件落着なのかも…。
「…っ!」
俺は馬鹿だから。こんな小さな子が、自分の思いついたことの重さを自分の中で懸命に宥めながら…恐らくは精一杯に言葉を選び、判りやすいように、そして衝撃が少ないようにと。細心の注意を払って話してくれたことだのに、だのに、すぐには飲み込めなくって。なかなか核心を把握出来ずに、呑気にも馬鹿づらを晒したままでいたんだと思う。それがハッと凍った瞬間、小さなヨウイチは、だが、怯むことなくこちらを見つめ返して来ており。そのままゆっくりと、背後の戸口へ視線を流す。そう、俺が昨夜から寝ていた寝室へのドア。さっき、いかにも好奇心旺盛な子供という体で一通りをパタパタと駆け回って見て回っていた彼だったから、ドアが薄く開いてたその部屋も覗いて見たに違いなく。そして…人一倍 賢い子だから、しどけない恰好の俺が昼も過ぎてるってのに寝起きらしいということに気づいたならば。そこから何か、マセたことを察しているのかも? しかも、それを軽く笑い飛ばせないのが、
“………そういえば、何であいつはまだ起きて来ないんだ?”
あまりの気の短さから、先々で高血圧症になる可能性こそありそうながら。低血圧で朝に弱いだの、予定のない朝は自堕落に過ごしたいだの、そんな寝ぼけたことをするような奴じゃあない。そんなに大騒ぎをしてはないが、それでも…この坊主が駆け回った物音だってしたろうし、宅配ピザ屋の鳴らしたチャイムだって聞こえた筈。なのにどうして…こうまで静まり返ってるんだ?
「……………。」
そんな事実を今知ってしまったらば、坊やには微妙に…多少は色々とショックかもしんないがと。だが、その時はそこまで頭が回らないままに。無言のままに立ってゆき、その勢いのままにドアを押して中へと踏み込む。外はすっかり明るいが、遮光カーテンのせいで室内は薄暗いまま。そのまま見澄ました大きなサイズのベッドの上には、自分が這い出した時の寝乱れた跡しか残ってはいなくて。昨夜はただ眠っただけだったとはいえ。あんなに間近にあったはずの…瞼を伏せれば一気に玲瓏さを増す、小生意気な青年の横顔も、すんなりとした大きさが俺の腕の中、ぴったり収まるまでへと育った撓やかな肢体も。そこには何にもなかったから。ぐうと息を飲んでから、だが、一縷の望みに賭けてみる。空間にも融通は利くのかもしれないと、あの坊主も言っていた。これは途轍もないサプライズなのだから、それ以外の他は全部、規律正しくあると誰が言い切れようか。脇卓の上、此処の固定電話の個機を掴み、短縮ボタンを押せば、相手を呼び出すコールがすぐにも聞こえて来たが、
“…この部屋にはないってことか?”
律義にも、彼の持ち物、彼の痕跡、全てを持って行ったというのだろうか? 誰が出るのかが不意に怖くなって、だが。視線を流せば、さっきより大きく開かれたドアの端、小さなヨウイチがこちらを伺っている。彼もまた居たたまれなくて、待ってるなんて出来なくて。それでの行動なんだろう。鈍い自分より何倍も、一番不安なのはあの小さな少年なんだと思い出し、息をつくように小さく笑って見せてやる。だが、あんまり効き目はなかったか、ヨウイチ坊やは表情も変えぬまま、固唾を呑んでこちらを見ており、
「…………………あ。……ヨウイチか?」
呼び出し音が途切れて。向こうも一瞬、反応がなくって。どんな声が帰ってくるのかが正直不安だったけど。
【ああ、ルイか?】
目に見えての安堵。それを体現した俺だったらしく、戸口にすがるように立ってた坊やが、ほうっと息をつき、その肩から力を抜いて見せる。こっちの様相が判らないのだから罪はなかろうけれど、それでもだ。そちらでは何が起こっているのやら、妙に弾んだ声出してやがってよ。思い切り緊張していた分、安心した反動ってやつも殊更に大きかったみたいだが、
【あのな、此処に珍しい客が来てんだよ。
てか、何でお前、消えたんだ? どっからかけてんだよ、おい。】
――― はい?
今、何て仰有いましたか? こっちは微妙に哀切満載モードへ陥りかけてたってのに、そんな楽しそうになって、一体 何処の誰と逢ってるってぇ? それにそれに…お前じゃなく俺の方が“消えた”だって〜〜〜?
………………………………はっ☆
ちょっと意識が飛びかけてました、大人げなくも。立ち尽くしてる自分のズボンの脇を、小さな手でちょこりと掴む感触があって。それで我に返ったと同時、見下ろせば小さなヨウイチ坊やが、大きな眸を見張って“じぃっ”とこちらを見上げているから。
「あ、や、と、だな。」
何とか正気に返って、電話の向こうで無事らしき相手へ、こっちの状況というのを伝えてやった。
「何処へ消えたじゃねぇだろが。お前、昨夜はこっちに来てたんだぞ? 忘れたんか? 遅くなったからって泊まったクセしてよ。」
子供に聞かせて疚しいことは“昨夜に限っては”なかったからこそ、ぎゅううっと掴まっている小さな坊やの柔らかい髪、大きな手のひらでそっと掻き混ぜながら、はっきりと問えば、
【………え?】
向こうが少しばかり怯んだ気配。そこへとすかさず、
「こっちにもな、お前に逢わせたい、そりゃあ可愛い客が来てる。10年ほど前のお前に瓜二つの坊主が、お前と入れ替わるみたいに来てくれてんだ。」
見下ろした坊やと視線が重なる。何を話しているのか、全部が聞こえないのがもどかしいのだろう、ちょっぴり不安げな、むずがるようなお顔。こんな顔もするんだ、お前。今頃教えられてもな。きっと俺には隠しまくりで、精一杯の無理をして強がってやがったんだな。
【そか…そっちにも。】
目の前の可愛い子ちゃんに気を取られてて、ついつい聞き流すとこだった一言へ。ワンテンポ遅れて、ハッとする。ああ、そっか。お前が逢ってる相手って…。
「ともかく。今何処に居るんだ? 自宅か? …ああ、判った。今からこっちのおチビさんと一緒にそっち行くから。」
知りたいことがやっと判明し、とりあえずはホッとする。片手操作で通話を切り、依然として見上げて来ている小さなヨウイチへ、にんまり笑い、少しかがむと小さな体の脇へと手を差し入れて、ひょーいっと風が浚うような軽やかさにて抱え上げ、
「どういう訳だか、俺が知ってる方のヨウイチは実家に帰ってて。
しかもそっちへも、お前と同じように突然どっからか現れてる奴がいるらしいぞ?」
「あ………。」
途端に。ふわふわの頬へ、野イチゴみたいな口許へ、隠し切れない微笑が浮かぶ。ふわっと蕾が綻んだみたいな、そりゃあ鮮やかな表情の変化があまりに劇的だったんで。こんな賢くて、けれど可憐で可愛い子に、こんなまで切なそうな顔させる奴が、ちょこっとばかり恨めしくもなったほど。
……… はい。その果報者ってのは、結局のところ“俺”でしたけど。
◇◆◇
偉そうに、若しくは冷静に振る舞いながら。でもでも、その実。そっくりなだけでは、やはり物足らなかったか。この俺様に比べたらまだまだ青臭い、小童に過ぎない方の俺へ逢えるってことだけでそりゃあもうもう、はしゃいではしゃいだヨウイチくんであり。早く行こう、すぐに行こうと、むんずと掴んだままだったズボンを引っ張り倒し。せめて上着を着させてくれと、車のキーを確かめながら、普段着のジャケットをクロゼットから出している間にも、独りで勝手に玄関まで、たかたか駆けてってる せっかちな子で。そのままでの外出は…ちょっぴり不味かろういで立ちの上へ、先に引っ掛けさせたワイシャツよりはカジュアルなデザインシャツを掛け直してやる。こっちの靴先の方向を素早く読むと、抱えてやる間も与えないまま、そりゃあすばしっこくもエレベーターホールへ向かい。子供のいたずら防止のためにと、高い位置になってるボタンへ飛びつく様子がまた、極めつけに可愛くてvv ………あ、いやいや。そんな場合じゃなかったんだよな。はやくはやくの連呼を杖に、階下の駐車場へと真っ直ぐ向かい、今ではバイクじゃあないのだと、二輪を探す坊やをやっと捕まえてから、普段乗ってる車へと向かう。助手席へちょこりと座らせると…あまりの小ささに、シートベルトが意味をなさずで。
“こりゃもしかして、チャイルドシートの義務違反って切符を切られるかもな。”
やばいかもなと思ったのも束の間のこと。早く〜〜〜っと身を揺さぶるのへ合わせて、この大きめの車体が何と揺れたのへとギョッとして、はいはい判ったと運転席へ回る。さほどに車高が低い訳でもないながら、この車のシートは彼にはよほどに低いのか。躍起になって背条を伸ばし、進行方向を出来るだけ遠くまでと、じっとじっと見やる様子が…仔猫がその集中力を掻き集めて、幼いながらも懸命に何かを探しているような姿勢にも見えて。
――― そしてそれから。到着した蛭魔家にて。
バタバタと慌ただしい中での来訪者同士の再会は、階段の途中というややこしい場所での出合い頭。やっと逢えたようと、もどかしげに飛びついた小さな坊やを、相手の青年が受け止め損ねて。そのまま転がり落ちるっという緊迫に、空間が何かしら刺激でも受けたのか。
――― 再び彼らを何処かへと消し去ってしまい。
世にも稀なるSF実体験は、起こった時といい勝負なほどあっけなくも簡単に、その幕を下ろしたのであった。
「…あいつら、ちゃんと元の世界へ戻れたんだろか。」
「あ〜? 大丈夫なんじゃねぇの?」
「何だよ、そんな投げやりに。」
「いや、あのチビさんが言ってたんだって。」
「何て?」
「これは一時的に歪みが出来てるだけな状態ってやつで、
伸び切ったゴムはやがては勢いよく縮まらなきゃなんねぇように、
異物の俺が元へ戻って一件落着なのかも…って。」
「へぇ〜。賢いな、10年前の俺。」
「今のお前よか賢いんじゃねぇのか? アメフトの戦力へって偏ってるだろから。」
「(…む。)そんなこと言うんなら、
もうお馬鹿な高校生はお仕事のお手伝いには参りませんから。」
「あっ、待て待てっ。」
「もっと頼もしいアドバイザーを雇って下さいませな。」
「悪かったって。な? 機嫌直せ。」
「直せ?」
「………どうかご機嫌を直して下さい。」
「どうしよっかなぁ〜♪」
「うう…。」
せっかく出来た、これ以上はないほど“気心が知れた”お友達が、あっと言う間に消えたのは。双方ともに、さすがに多少は堪えたのかも。片やは異様に飛ばしていたし、片やもどこか…隠しちゃいるが寂しそうで。とはいえ、そういうのが大っ嫌いな悪魔さんの我慢が、結構あっさり臨界を越えたらしく。てぇ〜いっ、鬱陶しいのは梅雨だけで沢山だとばかり、気分直しにセラーから、お取り置きのピンクラベルのシャンパンを取り出した若造二人。グラスを重ね合いながら、可愛らしくてガキだった、苛烈が過ぎて青臭かった、かつてのお互いのことを…やっぱこき下ろしていたものの。
「………あのな? ルイ。」
「んん?」
「俺んこと、便利でなくとも必要か?」
「………?」
「なあって。PC使えなくても要りようか?
英語話せなくても、市場開拓の先読みが苦手んなっても。
喧嘩の加勢が下手んなっても、そんでも…。///////」
「………まあな。」
「ホントか?」
「ああ。要るってより、眸ぇ離したくない…ってかな。」
「…そか。///////」
「うん…。///////」
あの二人が自分たちの始まりだったのだと、自分たちの過去なのだと、何の抵抗もなく受け入れられたのは。お互いに相手を心配して、若しくは相手に一刻も早く逢いたくてと、落ち着かなかった様子のピュアな微笑ましさが。胸のどこかでこっそりと、泣きたくなるほど染みたから。今まではあんまり、形にせずとも良かったくせに。彼の側こそ うざったいって思ってのことかなと、こっちからもずぼらしてたこと。もうすっかりと馴染んだ今になって、可愛らしくも欲しがった悪魔さんであり。
“これだから耳年増ってカッコで賢い奴はよ。”
素肌に触れられ、そのまま抱きすくめられることには抵抗ないくせにね。言葉でのいたわりや睦み、施しが欲しい…なんてな初歩の初歩を、どういう訳だか尻込みしてた。温かな抱擁の方こそが“特別”でなきゃ得られないものだってのは重々承知。でもね、気持ちや心も勿論欲しい。でも…今更それって、何だか何だか。克明に言われなきゃ感じ取れない子供のようで。野暮ったくって、なかなか言えない、ねだれない。お膝の上へと抱え上げ、長い腕の輪で囲い込み。そろそろ止めとけよ〜、明日が地獄んなるぞ〜っと、グラスのペースを制御しながら。果たしてシャンパンのせいだけで赤いものか。間近になってる耳朶の縁、ますます染まれと唇の先でくすぐってやり。擽ったげに首を竦めたら、早く寝れ寝れと髪を梳く。
――― 大人になっても、あの頃のお兄さんの年になっても、
やっぱりどこかで翻弄され合ってる、可愛い人たち。
どうかそのまま、変わらずにいて下さいと、
いつの間に昇ったか蒼い月、
それは優しく、二人を見下ろしておりました。
〜Fine〜 05.9.10.〜9.11.
*おっさん…げほごほ、大きいルイに逢っていた坊やの方は、
どんな話をしていたのかなと、
それと、大人ルイに逢いたいと仰せのリクもありましたので、
高校生セナくんのご登場と合わせて、
一気に欲張って、消化してみましたです。
あちこちで息切れしてたり、脱輪とかもしているかもですが、
そこんところは…世界柔道が悪いということで。(こらこら)
*前作と並べると、何だか微妙に時間の経過にズレがあるかもですが、
全くの同時同着で10年後へ放り出された二人ではなかった…ということで。
でもホント、この設定って、そりゃあたっくさんの作品に使われまくってて、
けどでも、まずは信じられないでしょうよね。
自分が飛ばされても、すぐ傍へって飛ばされて来た人に出会っても。
まだ、記憶喪失の方が馴染めそうというか、
すんなりと信じることが出来そうな気がします。
一昔前は、記憶喪失だって、
ドラマの中の絵空事にすぎないって思われてたんですものね。(苦笑)
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